既婚者との恋愛にのめりこむことで得られるものは幸せ以上に〝生きにくさ〟かもしれません。
ひとりの女として、結婚しても子供を産んではいけないことは許されるべき離婚条件なのか? もう私には判断できないくらい難しい問題です。難しい理由は、自分の結婚願望と同じように、結婚生活を私によって破壊されてしまった相手の奥様の心情をうかがうと一概に非倫理的な離婚条件だとも思えないからです。
でもこういう話って、略奪愛とか離婚とか…話がそっちに流れてゆけばどんどん泥沼化していくものなのですね。
まるでドラマのような略奪婚がらみの恋愛事情が自分の人生に起きうるなんて、これまで考えたこともありません。でも、これが現実……
私は今、直哉さんと奥さんと自分の三人で、離婚と再婚と結婚と後妻のこと、加えて直哉さん夫妻の子供達のことについて話し合っているのでした。
年相応の婚活や恋愛じゃない…人生ってわからないものですね。
奥さんが話し始めました――。
「それで、離婚に関してだけど、こちらも条件をつけたいの。その条件をすべて飲むって言うなら離婚に同意するわ。でも一つでも呑めないと言うのなら、今回の話はなしと言うことで」
奥さんは、カバンから一枚の紙を取り出しました。
直哉さんはその条件を書いた紙にさっと目を通しだけで、君の好きなようにすればいいよ。と言いました。私もその条件に目を向けると、今後10年間、二人の間に子どもをもうけないことという一文が飛び込んできました。
離婚して10年間、子どもを作らないなら離婚に応じる…
思わず……「あの!これから10年、私、赤ちゃん産んじゃいけないんですか?」
と聞いてしまいました。
奥さんは私を見て言います。
「あなたがもしうちの娘の立場だったら、自分の大好きで一番信頼している父親が、別の女の人との間に子どもがいるなんて知ったら、どれだけショック? 10年経てば、娘も中学生。父親の関係も変わってきているでしょうし、あなただってそれなりに時間が経てば、自分のしたことの意味も少しはわかっているでしょう」
何も言い返せません。私はまたうつむくしかありませんでした。答えは急がなくても結構だから。よく考えてちょうだい。
直哉さんはまた、君がこれでいいと思っているなら、そうするよ。と条件の内容を見ずに繰り返します。私は少し不安になりました。
パッと見るだけでも、子供を10年つくるななんてことが書いてあるのです。あと続きにどんな理不尽なことが書いてあるかわかりません。
直哉さんと奥さんが離婚してくれて、私と直哉さんが結婚できるのはうれしいことなんですけど…。
直哉さんは長く続いていた、もめ事から少しでも早く解放されたいがために、ただ頷いているだけなのかしら?
不安に、心がザワザワしてくるのを感じました。
奥さんは直哉さんと私の顔を交互に見て、それじゃ。と立ち上がり、個室を出て行きました。
私は奥さんの姿が閉まる扉の向こうに見えなくなってやっと息が吸えるような気分になりました。直哉さんの手から奥さんが突き付けた条件の紙を取り、もう一度しっかり読んでみました。
10年間子供をつくらない他にも、娘さんに関する費用はすべて直哉さんもち、今住んでいるマンションもそのまま奥さんと娘さんが住む(園や学校に近いから)ので、そのローンなどはすべて直哉さんもち、それにびっくりしたのは、週末や休日は必ず娘さんと過ごすことで、ほかにも娘さんが望んだ時には直哉さんは娘さんと過ごすことです。離婚条件が事細やかに記されています。
しばらくは、直哉さんと奥さんが離婚した場合でも、離婚したことは娘さんには話さずに単身赴任で離れて暮らすことにして、様子を見て話し合うことにするようです。
これでは、私が入籍できたとしても現実的な立場としては今とあまり変わりません。ただ戸籍上は直哉さんの妻で平日は一緒に生活できる。今までのように、こそこそ隠れるようにして会う必要がないなどいい点もありますが、どこかへ出かけたり、のんびりと二人の時間を楽しむなんてことはできないような気がします。
離婚に応じる条件が列挙された一枚の紙……私はしばらく無言で見つめているほかにありませんでした。