既婚者との恋愛は、略奪愛というドロドロの愛憎劇へ発展しました。
とは言え、それは望んでいたことではありました。ただし、引き際を知らない若さと言われても間違いではないでしょう。別居中の直哉さんの奥様と会うことになったその日。場所は洒落たレストランです。
ここで離婚話が進められるのかと思うと、とても複雑な気持ちです。
以前、直哉さんの妹さんと会った時に、座る場所で睨まれたことがあったので、どこに座ろうか一瞬私が迷った感じになると、奥さんが直哉さんの横へ座ってと言いました。
離婚話の切り出し方って、どんなだろう?
私は座る前にとにかく挨拶をと「マナミと申します。」と言ったものの、次の言葉が出てきません。お世話になっていますではとんでもないし、ごめんなさいと謝るのも今のタイミングじゃなさそうだし、と頭に血が昇って困ってしまうと、奥さんがいいから座ってと椅子を勧めました。
直哉さんの横に座り、奥さんの顔を初めてちゃんと見ました。
思っていた以上にきれいな人でした。
落ち着いた雰囲気でお嬢様育ちと言われればその通りの感じの人です。とても直哉さんとの話し合いではあれだけ逆行して、汚い言葉を発したり、物を投げつけたりするような人には思えませんでした。でもそれが本当だとすると今日私が呼ばれたこの席もどうなる事かと思いました。
でも、後妻となるであろう私が、離婚するであろう奥様と向かい合うと本当に息苦しくなっていてしまうため、自然と私は頭を下げていました。
勝手にこちらでオーダーしてしまったからと言って、軽めのランチのコースが出てきました。
はっきり言って何も味がわかりません。、ほとんど残してしまいました。なんでこんな状況でこんなおしゃれで話題のお店にいなきゃいけないんだろう。こういうところはデートとか記念日とかで来たかったと、震える手でナイフやフォークを使いつつ思いました。
直哉さんと奥さんは、まるであんな言い争いなど嘘のように、ふつうに娘さんの話などをしています。さっぱり何を話しているのか分からない状況で、少し気を抜いていたのでしょうか。
奥さんが、マナミさんはまだこの人との結婚をあきらめてないんでしょう?と私に聞いてきました。
私は、またびっくりして返事に困って固まってしまいました。
奥さんは私の返事を待たずに話し始めました。
「もうちょっと疲れちゃったわ。これ以上、子どもに嫌な自分を見せるのも辛い」
うん。と直哉さんも力なくうなづきます。
「だから私はあなたの妻を無理に続けたいとは思わない。
そう、離婚はしかたないと思っている……。
でも、だからと言ってあなた方のことをすべて許すわけじゃない。私達がこれまでどんな思いをしてきたか考えてみれば当たり前よね。
はっきり言って私も生きてきて初めてよ。これだけ誰かのことを憎んだのは」
「………うん」
「だから、あなたにはちゃんと償いをしてほしいの。
離婚して、すぐに再婚して……テンポ良く区切りを付けて新しい生活をスタートしてほしくないの。あなたは父親なんだから、今までおろそかにしてきた分も含めてこれから父親としての責任をしっかり果たしていくことで子どもに償ってちょうだい」
よく、離婚したらもう子どもに会えなくなったという話を聞いたりドラマや小説の中でもそういうことはよく出てきますが、奥さんは会えなくするよりも、直哉さんには父親としてきちんと生きることを望んでいるようです。