既婚者を好きになってしまった私の本音は、離婚という彼にとっての不幸を望みつつ、再婚と後妻という私の自己満足をかなえることでした。
直哉さんが今の奥さんと離婚して私と結ばれることは、互いに幸せなことのように見えるかもしれませんが、じつはそこに到達するには直哉さんが離婚という人生の負のイベントを乗り越えなければならないのです。私既婚者である彼の人生を使って、私の人生を豊かにしようとしていないだろうか?そんな自虐もなくはありませんでした。
――さて……、直哉さんは実家に戻り、お嫁さんの混乱によって怪我までしてしまったことを両親と話したそうです。
その時に診断書を取るか取らないかという話になり、直哉さんはもう当事者同士の話し合いではどうしようもないから、調停に持っていきたい、その時にもしそういう診断書とかがあった方がいいだろうと言ったそうですが、直哉さんのお母様が断固反対で、どうにかして関係を修復しなさい。
そのためなら私はどんなことでもするわ。と泣いて大変だったので、渋々調停を断念したそうです。
直哉さんの家庭が夫婦関係の危機に陥ってしまってからというもの、私は直哉さんと電話やメールで連絡を取り合うようになってしまいました。
つまり、夫婦関係の危機を迎えた直哉さんと、最も近い存在となったのが私です。
仕事上のトラブルやクレーム処理では常に沈着冷静な直哉さんも、いざ、家庭の問題となると心許無い心情でグラグラ揺れているのが感じられました。
既婚者を相手に略奪愛?
本音を言えば、直哉さんの危機は私にとっての追い風なんだろうし、ここぞとばかりに、恋愛感情を加速的に発展させて……と思うのですが、こういうときって不思議なほど無為な自分に気づきました。つまり「直哉さんが一番幸せだと思う方法を選んでね」としか言えない私だったのです。でもそれは建て前であって、本当の気持ちは彼がいちばん幸せなことは今の奥さんと離婚して、私と結婚すること。
そして私は既婚者との恋愛の結果、彼の後妻となる。
それが私たちにとっての幸せなんだと決めてかかっている自分は‥…それはそれはイヤな女かもしれません。でもやはり…たとえ、奥さんとやり直す方を選んだとしても、それはそれで仕方がないと思ってました。私のパパやママに私と結婚することを約束してくれていても、それは離婚が成立しなければ叶わないことだからです。
直哉さんが離婚して私と結婚しようと、私と直哉さんの恋愛事情が破綻しようと、結局、誰もが笑っていられる結末はあり得ないのだから。
私は、精神的に混乱する日々が続いていました。
――その後、何か用事があれば、奥さんの目を盗むように自宅に戻らなければならない生活を、直哉さんは続けていました。
ある日、直哉さんから日曜日の11時、会いたいんだけれどと電話が入りました。待ち合わせ場所は、個室のレストランでおしゃれなお店として知られているところです。
どうしたの?と答えると、嫁が〝俺とマナミ〟に話したいことがあるそうだ……。
手が震えました……
今まで、不思議と奥さんのほうから私へのコンタクトは全然ありませんでした。もしかしたら私のパパやママが奥さんと話したことが関係あるのかもしれないですが。
私も奥さんへ何かコンタクトを取ろうとも思っていませんでした。
どういう顔をして会いに行けばいいんだろう。どんなことを話せばいいんだろう。
それから数日眠れなかったです。寝たと思っても嫌な夢を見て起きることが多かったです。
当日は思いっきり寝不足になってしまいました。服はなるべく地味な感じにまとめました。お化粧も薄めにして。
パパとママには奥さんに会うことは内緒にしておきました。知ったら止めるだろうと思ったからです。
お店には11時より少し前につきました。予約してある直哉さんの苗字を言うと、すぐに席に通してもらえました。
通された個室の中のテーブルに向かい合うように、直哉さんと奥さんが座っていました。
奥さんは出口を背中にしていたので顔はすぐわかりませんでしたが、きれいに髪を巻いて思ったよりずっと華奢な背中でした。